世の中「英語」の時代で,今や第2外国語は「大学のお荷物」状態に追いやられています。第2外国語縮小論もとびだすなか,我々が第2外国語を学ぶ意義はどこにあるのでしょうか。
第一に「言語はコミュニケーション手段であり,多くの言語を身につければそれだけコミュニケーションの幅が広がる」ことがあげられます。とくに現在「英語」が受験手段としてその言語性を形骸化させつつあるなかで第2外国語に挑戦することは言語のコミュニケーション性を再認識させてくれます。第二に「英語・日本語のほかにもうひとつ外国語を習得することで英語や日本語の相対化が可能である」ことがあります。相対化は自国文化・言語の理解に欠かせないものです。英語の学習でこれはかなり達成されましたが,さらにもう一つ学ぶことで今度は英語の相対化も可能になります。第三に「言語を学ぶことは文化を学ぶことである」ことです。言語と文化は密接につながっており,言語習得はその国の文化の理解につながります。国際化社会の今日,異文化理解は我々に求められる大きなファクターとなりつつあります。そのような情勢の中,第2外国語を習得することは意義あることなのです。
ドイツ語は第2外国語としてポピュラーなもののひとつです。構造が英語に似ていること,発音がしやすいことなど多くのメリットをもっていますが,同時に変化形が多いというデメリットもあります。ドイツ語学習者の多くはこの「変化形の多さ」にうんざりしてしまい,ドイツ語のすばらしさまで気づかないのではないかと思います。このドイツ語文法レファレンスはドイツ語という言語のすばらしさに気づいていただくことを目標としています。
大学に入学してすぐ,第2外国語の選択に迫られました。僕はドイツ語,中国語,フランス語のどれか1つを選択しようと考えていたのですが,なかなか決まりませんでした。結局,法学部ということもあってドイツ語に決めましたが,今考えるとこの選択は正しかったようです。九州大学には当時,日本人教官が週2回担当する「日本人クラス」と,ドイツ人教官と日本人教官がペアで授業を担当する「ペアクラス」の選択が可能でした。僕はどうせドイツ語をやるのなら話せるようになった方がいいと考え,ペアクラスを選択しました。
クラス発表の時,僕は驚きました。ペアクラスなのにドイツ人教官が週2回とも授業を担当するクラスになっていたのです。本当に大丈夫かなと心配しました。教官の名前は「ミヒェル.W」。これまで外国人の先生の授業をとったことのなかった僕にとってそれは未知の世界へのステップを意味しました。
ミヒェル先生は今から20年以上前にドイツからここ九州大学に赴かれ,以来,ドイツ語とドイツ文化の研究・教育に情熱を注がれている方でした。授業は週2回,1年もの長きにわたりましたが,非常にたのしく,ためになるものでした。同時に先生のドイツ語の授業は定着しやすく,僕はドイツ語というものに非常に関心を持つようになりました。
授業も終わりに近づきつつあった1997年1月末期に,先生は「ドイツ語文法のWEBページをつくってみないか」という提案をされました。ここで問題となったのは,現在のHTML形式では「日本語」と「ドイツ語」を同じ文章の中に混在させることができないということでした。いろいろな方法を試しましたが,結局イメージでウムラオトなどを処理することにしました。こうしてでできたのが「willkommen1.0」です。97年4月に公開し,以来多くの方に利用していただいています。また何通か感謝のメールを頂き,非常にうれしく思います。しかし1.0は時間的制約とスタッフ不足(1.0は僕[原田大樹]一人で作ったので)のため,満足のいく内容にはなっていませんでした。2年前期に入り,僕はミヒェル先生のご厚意で,先生のドイツ語フォーラムの授業に参加させていただきました。その授業の中でwillkommenを完成させるワーキンググループがつくられ(ドイツ語文法レファレンス作成グループ=祐恒伸次君,手嶋健一郎君,中山布紗さん,福添右祐くん,原田大樹)僕を入れて5人の法学部生が分担して内容を製作することになりました。原稿自身は夏休み前にできていたので すが,僕の多忙と怠惰もあってなかなか手つかずの状態から脱することができませんでした。こうして,「willkommen2.0」が生まれました。
この「willkommen2.0」を公開した当初は,しばらく更新しなくてもいいだろうと考えていました。内容的にはかなり充実したのではないかと考えていたからです。しかしいろいろな問題が出てきました。まず「アクセススピード」の問題です。とくに2.0から始まった「初級文法教科書」は大きなイメージファイルをテキストとして使っていたため,アクセススピードが状況によりかなり悪くなることがわかりました。(これは僕自身がダイヤルアップユーザになったことで気づきました)加えて技術革新のおかげでウムラオトと日本語の共存がInternetExplorer3.02からは可能になったことが,今回の改訂の背景にあります。イメージファイルを使う方法ではどうしても表現に限界がありました。そのためPDFファイルやTeXの利用も検討しましたが,やはりアクセスしやすさという観点からHTMLファイルは捨てがたい魅力があるのです。今後のバージョンアップでNetscapeでもおそらく日本語とドイツ語の共存が可能になるでしょう。そのときに備えてファイルの書き直しをしようと考えたので した。
しかし一度作ったファイルを書き直すというのは案外大変なものです。この解説は不十分だとか,このレイアウトでは見にくいとか…,いろいろ考えているとものすごく時間がかかってしまいました。また今度の改訂で「paco Archive Japan」の基準に適合するようにしなければならなかったので,かなりの改訂が必要となりました。「willkommen3.0」では,前の「willkommen2.0」とはうってかわって,原田大樹が一人で作成しました。これは前バージョンで共同執筆した結果,記述の統一性がとられなくなったためです。とはいえ内容は2.0をふまえたものですので,「willkommen2.0作成グループ」の成果はそのまま引き継がれています。paco誕生1周年にあたる1998年4月15日についに姿を現したこの「willkommen3.0」はこうして生まれました。
とはいうものの,改訂作業の遅れから,まだまだ各所に不十分な点があります。間に合わせのため2.0の内容をそのまま使っていたり,歴史ページが未完成だったりと,ニューバージョンにするにはおこがましい限りです。これらはなるべくはやく解消する予定です。
ドイツ語文法レファレンスは3つの部分から成り立っています。
このうち文法解説と初級文法教科書はフォントの問題から「インターネットエクスプローラ用」と「一般用」に分かれています。くわしくは各ドキュメントの目次をご覧下さい。なお,ドイツ語文法レファレンスは,以下の使用条件をお読みいただき,承諾の上でご利用下さい。利用していれば使用条件を承諾したものと見なします。
このレポートはドイツ語文法レファレンス作成の根底にある「ドイツ語離れ」の現実とその対策について検討したものです。なおグラフなどのデータは最新のもの(1998年度後期)に改めています。
かつて,第2外国語といえばドイツ語とフランス語という時代が長く続いた。「文系はフランス語,理系はドイツ語」あるいは「男はドイツ語,女はフランス語」という固定観念はいまだに生きている。医学と法律にはドイツ語が必要だとする考え方は固定観念と言うより学問上の必要性であるが,少なくとも法律についてはその逸話は崩れつつある。左のグラフを見て欲しい。これは九州大学の平成9年度後期外国語選択状況である。
このグラフは九州大学の学生の第1外国語と第2外国語を合わせた選択状況を示している。[第1外国語選択者数と第2外国語選択者数を足して,各選択者数の合計に対する比率を円グラフ化したものである。なお数字は選択者数である。]
英語が半分を占めていることは,学生のほとんどが第1外国語あるいは第2外国語として英語を選択していることを表している。問題はそれ以外の言語である。英語をのぞくと筆頭はドイツ語である。以下,中国語,フランス語が続いている。
このグラフを見る限り「ドイツ語=第2外国語」という図式は未だに妥当しているといえなくはない。むしろフランス語の低落と中国語の人気が目立つ(ただし98年度はフランス語がやや回復した)。アジアへの関心の高まりから中国語の履修者は着々と増えている。一方でフランス語は,発音の難しさが災いしたのか中国語に食われる格好になっている。
ドイツ語についてみてみよう。次のグラフは文系と理系に分けて,第2外国語の選択状況を比較したものである。理系は圧倒的にドイツ語が多いが,文系はドイツ語と中国語がほぼ同数である。ただし,理系の優位についてはひとつ注意すべきことがある。九州大学では理系(一部不必要な学部もある)は第1外国語・第2外国語に加えて選択必修の外国語がある。この選択必修は第1・第2外国語と同じでもよいが,第3外国語としてもうひとつ履修することもできる。このグラフには選択必修は含まれていないため,それを加味するとドイツ語優位はゆらぐ可能性もある。
さて,ドイツ語と文系の第2外国語トップを争っているのは中国語である。この要因はいくつか考えられる。まず第一に九州大学のもつ特殊性である。九州大学はアジアの玄関口である福岡に所在するため,アジア,とくに大国である中国への関心が高い。次に中国語の言語としての難易度である。中国語は「漢字」をつかうため,日本語とのなじみが大きいと思われている。(実際にはそうでもないらしいが)最後に,中国語は楽勝科目であるという噂が影響しているものと思われる。おそらくこの噂も根拠のないものであるが,いきなり第2外国語の選択にせまられる新入生には大きな影響を与える噂であろう。
いま上げた理由は九州大学における朝鮮語でもあてはまる。朝鮮語は日本語と唯一文法構造がほぼ同じの言語であり,発音が日本語と似ている部分も多く,とくに文系での選択者が多い。
これらの理由にも関わらず理系でドイツ語選択が多いのは,主に学術的な理由ではないだろうか。ドイツ語を知らないと文献も読めないという学問分野はやはり存在するので,理系ではドイツ語選択者が多いと思われる。
ここで興味深いのは法学部におけるドイツ語である。法学部では学術的にドイツ語が必要となることが多い。ところが法学部の第2外国語選択者に占めるドイツ語選択者の割合は3分の1である。(平成8・9・10年度入学生)
第2外国語としてのドイツ語は,いま大きな転換期にあると思われる。すなわち固定観念としての”ドイツ語=第2外国語”あるいは学術的重要性のある言語としてのドイツ語という考え方が次第に薄らぎ,その地位が下がりつつあるのである。もともと言語に優劣などないのであり,その言語に対して「地位」を語るのはおかしいが,ここでの地位とは第2外国語としての人気度のことである。
これまでのドイツ語履修のきっかけはいま上げた2つであったと考えられるが,第2外国語の重要性が低下したと考えられている昨今,第2外国語と大学での勉強との関連性が低下し,かわりに次の2つの考え方がでてきている。
その第1は,「実生活で役に立つ言語」という視点である。たとえばホテルなどでアルバイトする場合,中国人や韓国人のお客と会話ができれば仕事の上で役立つ。こうした考え方から,これまで主流の一つであったフランス語の履修者が少なくなっているのではないか。
その第2は「単位のとりやすい言語」という視点である。残念ながら,現在の大学の第2外国語のカリキュラムは,第2外国語を使えるレベルまでひきあげてくれるものではない。また学生の中には単位を取るためにしかたなく第2外国語をとるという人も多い。こうした背景からとりあえず第2外国語をという場合「単位の取りやすさ」が重要なファクターとなるのである。
ドイツ語文法レファレンススタートページで述べたとおり,第2外国語の重要性は国際化社会,情報化社会の進展に伴ってますます大きくなっている。ところが第2外国語の習得の場となる大学では第2外国語の縮小傾向が見られる。これはある意味仕方のないことである。つまり学生の選択の幅を大きくするには必修科目をけずる必要があるため,言語単位が減るのは仕方がないのだ。しかし一方で,学生が勉強しようにもなかなか難しい現状を変える必要はあると思う。例えば第2外国語の単位を越えた単位を学部の卒業単位として認定する制度や,言語科目が学部に上がってもとりやすいように時間割を工夫する,あるいは本格的に第2外国語を学びたい学生のためにコースを用意するといった改善がなされることを期待したい。なお再来年度からその方向で改革がなされる予定である。
最後にドイツ語について。ドイツ語を第2外国語とした学生の一人として,ドイツ語の魅力を多くの人に知って欲しいと思っています。このドイツ語文法レファレンスがそのきっかけとなればこれに勝る喜びはありません。ドイツ語は上に述べたように,とくに文系で選択者がへりつつあります。ドイツ語以外の第2外国語を否定するつもりは毛頭なく,僕自身も機会があれば中国語やフランス語などの外国語を学んでみたいと思っています。ただ,ドイツ語はその「前提における面倒さ(格変化・人称変化)」が災いして,ドイツ語の持つすばらしさに触れないままに嫌われてしまっているような気がしてなりません。このページを読んでドイツ語に興味を持ってもらえれば,本当にうれしいです。
●九州大学言語文化部 言文フォーラム第19号
九州大学言語文化部言文フォーラム編集委員会(板橋義三,谷口秀子,栗山暢)編・1999年2月発行
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