「すでにはじまっている未来」への扉

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紹介本:内橋克人『共生の大地 新しい経済がはじまる』(岩波書店・1995年)

紹介本1980年代後半まで続いた日本の世界経済における強いプレゼンスはバブル崩壊とともに弱まり,1990年代に入ってからは阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などの日本社会に大きな衝撃を与える出来事が続いていた。 そのような中で出版された本書は,1994年に日本経済新聞で連載された記事をベースに,来るべき日本の社会・経済のあり方を模索しようとした作品である。

新書というサイズながら,扱われている内容は極めて多岐にわたる。例えば,有償ボランティア(11頁),下関の地域活性化(日韓高速船)の失敗(100頁),再生可能エネルギーへの転換(116頁),フライブルク市のモーダル・シフト(135頁),原子力政策決定過程の問題点(165頁),小田急連続立体交差事業(184頁)といった素材が取り上げられており,出版後15年以上が経過した現在読んでもなおその新鮮さが失われていないことに改めて驚かされる。

こうした具体例から紡ぎ出される本書のメッセージは「多元的経済社会」の成立の萌芽が日本社会に見られるということである。利潤追求の会社組織による経済活動だけでも,行政による一方的な施策実施だけでもない,新たな担い手によるサービスの提供や公的利益の実現が行われ始めたところに,「すでにはじまっている未来」(はしがきi頁)を見出したのである。

本書を手にしたのは学部入学後まだ日が浅い時期だった。その当時履修していた教育学部(箱崎地区)開講の全学共通教育科目の先生が,読むべき本として紹介して下さったのがきっかけであった。 大学受験勉強に疲れ,かといって法律関係の本を読むことにも全く興味が持てなかった当時の私は,自分の関心の向くままに文系・理系を問わずいろいろな分野の本を手にしていた。 そのなかで本書が「学生時代に影響を受けた本」としてまず思い浮かんだ理由は,本書が示していた「すでにはじまっている未来」とその当時の自分の置かれた状況とが偶然に符合していたからかもしれない。

法学部での勉強が自分にとっての「すでにはじまっている未来」なのかどうかの確信が持てないまま,しかしそうであることをぼんやりと願いながら,手当たり次第にいろいろな本を読んで日本社会の問題点を改めて意識したことが,研究者という職業を選択した一因でもあった。 奇しくも,本書が取り上げている具体例のいくつかは行政法の授業で現在取り上げており,また,本書が示した「多元的経済社会」の構想は研究者としての私が模索を続けている社会管理作用の分散化時代における公法学的な法的統御のあり方(多元的システム論)と共通の要素を持っている。 その意味で,私にとって本書は「すでにはじまっている未来」への扉でもあった。

大学時代はさまざまな出会いに満ちあふれている。その中には,人生を決定づける出会いもきっと含まれている。出会う相手は友人や先生だけではない。 今,あなたが手にしようとしているその本との出会いもまた,あなたにとっての未来への扉なのかもしれない。

    

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