行政法のさらなる発展
3月15日・16日に,ドイツ・コンスタンツで,Fortentwicklung des Verwaltungsrechts(行政法のさらなる発展)と題された日独行政法シンポジウム(主宰:コンスタンツ大学法学部,共催:独日法律家協会,科学研究費・基盤研究A「持続可能な公共財としての原子力法システムの可能性」(研究代表者:高木光・京都大学教授))が開催されました(プログラム[ドイツ語]・プログラム[日本語])。
【1日目(3月15日)】
初日の午前中は,大橋洋一・学習院大学教授の司会で,手続・組織・訴訟法の視角から,5つの報告がありました。
○Kooperation und Verständigung im Verwaltungsverfahren(須田守・京都大学准教授)
和解(契約)の許容性をめぐる日独のスタンスの違いを提示した上で,事実認定・調査の観点から法律の優位との関係を意識しつつその許容性を検討する意欲的な報告でした。報告後にドイツ人参加者から出された質問・コメントで示された議論の方向性も興味深いものでした。
○Neue Strukturelemente im nationalen und europäischen Verwaltungsverfahrensrecht(Ann-Katrin Kaufhold ミュンヘン大学教授)
「受容」(Akzeptanz)の概念と市民参加手続の関係を,原子力廃棄物の場所選定を手がかりに検討するもので,議論素材としても非常に興味深いものでした。「受容」概念は日本でもこのところ言及されることが多くなっていますが,日本とドイツの概念定義を揃えるべきかはやや難しい問題と感じました。
○Organisation und Legitimation im Europäischen Verwaltungsverbund(Bettina Schöndorf-Haubold ギーセン大学教授)
欧州の行政連携に関する一般理論(さまざまな組織形態の分析)と,データ保護における新たな展開を紹介するものでした。最後に示されていた日本法に関する質問事項は,時間の関係もあってほとんど議論できませんでしたが,ひとつひとつが重たい課題でした。
○Ermessenslehre im Wandel – Problematik der gerichtlichen Kontrolldichte(巽智彦・成蹊大学准教授)
ドイツの裁量論の現状を分析しつつ,日本の裁量論を大胆に合理化しようとする内容で,ドイツ人側からの質問・コメントも非常に多く寄せられていました。
○Kontrolldichte im deutschen und europäischen Verwaltungsrecht: technisches Ermessen und Beurteilungsspielräume im Vergleich (Jens-Peter Schneider フライブルク大学教授)
ドイツの裁量論の現状を,ドイツの裁判所とEUの裁判所の判断方法の違いに注目しながら論じるもので,巽報告と好対照をなしていました。時間の制約から質疑ができなかったのは残念でした。
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初日の午後は,原田大樹・京都大学教授の司会で,規制の視角から4つの報告がありました。
○Intra- und Interadministrative Rechtsstreitigkeiten(西上治・神戸大学准教授)
行政組織・行政機関間の訴訟に関する日独の議論状況や法制度・判例の相違を詳細に分析するもので,ドイツで認められている機関訴訟の背景事情をいくつかに類型化した視点が関心を惹きました。
○Zwangseinweisung ins Krankenhaus im japanischen Gesundheitsrecht: Ein Schnittpunkt vom Sozialrecht und Polizeirecht(太田匡彦・東京大学教授)
感染症予防や精神病の場合になされる強制入院に関する詳細な検討を踏まえ,行政法総論の意義を再検討しようとする壮大な内容でした。法技術的な内容も含め,ドイツ人側から多くの質問が寄せられていました。
○Privatverwaltungsrecht? Am Beispiel des Finanzmarkt- und Bankenrechts in Japan(山本隆司・東京大学教授)
「私行政法」の概念を示し,その具体的な素材として資本市場規制法・金融法における自主規制を豊富に取り上げるものでした。ドイツ人側からは私人の関与の仕方に関する日本法の特殊性に,日本人側からは「私行政法」の他の類似概念との違いに関する質問が多く寄せられました。
○Variationen zum Thema: „Ius publicum est quod ad statum rei publicae spectat (Eberhard Schmidt-Aßmann ハイデルベルク大学名誉教授)
公法と私法の相違や共通性を比較法と憲法の視点から論じ,熟慮の枠組としてこの問題を再定位する内容の報告でした。
【2日目(3月16日)】
2日目は,前半は原田大樹・京都大学教授,後半はHans Christian Röhlコンスタンツ大学教授の司会で,地方自治の構造と持続可能性を統一テーマに4つの報告がありました。
○Neuere Entwicklung des Selbstverwaltungsrechts in Japan(大橋洋一・学習院大学教授)
第二次地方分権改革とその成果としての提案制度について,多面的な側面から検討する内容で,政策調整の具体例としても非常に興味を惹くものでした。
○Selbstverwaltungsgarantie und geänderte kommunale Organisations- und Kommunikationsstrukturen(Hans Christian Röhl コンスタンツ大学教授)
行政手続の電子化によるコミュニケーション構造の変化を前にして,従来の地方自治の憲法保障はどのように変容するかを論じるもので,直接民主政の問題や自治監督の恒常化が多く扱われていました。
○Reform der Verwaltungsrechtsdogmatik angesichts der Reduzierung des demographischen Saldos(原田大樹・京都大学教授)
人口減少時代に変容する都市法と地方自治法の展開を紹介し,これらを理論的に整序する手がかりとして,地方自治構造の複線化と公的任務の調整・媒介作用の重要性を指摘するものでした。
○Die Bedeutung der Generationengerechtigkeit für das Verfassungsrecht(毛利透・京都大学教授)
Kahl教授の持続可能性論を素材に,持続可能性の憲法上の位置づけや,民主政との関係を包括的に検討するものでした。
○Kommunaler Bürgerentscheid als Instrument der Nachhaltigkeit?(Wolfgang Kahl ハイデルベルク大学教授)
直接民主政に関する包括的な研究の一環で,バーデン・ヴュルテンベルク州の住民参加(住民発議・住民投票)制度を素材に,持続可能性に対するその影響を検討する内容でした。
国際シンポジウムは,コンスタンツ旧市役所の大ホールで開催され,日本側・ドイツ側併せて30人程度が参加しました。ドイツ側では,コンスタンツ大学のMaurer名誉教授やIbler教授が参加されました。日本側は若手の研究者(院生・助教・准教授)が比較的多く参加しました。報告はいずれも興味深いもので,日独の行政法学の学問交流の新たなステージの幕開けに立ち会えたように思われます。
2019.03.16 | Comments(0) | Trackback(0)
ERG科研等国際ワークショップ
科学研究費基盤研究B「政策実現過程のグローバル化に対応した法執行過程・紛争解決過程の理論構築」(ERG科研)及び野村財団「政策実現過程のグローバル化と法執行・紛争解決の法理論」による国際ワークショップを,3月5日(火)に同志社大学で開催しました。
前半は,日・独・仏の公法・私法それぞれの立場から,4つの報告がありました。
○Globalization on Policy Materialization and the Future of the Japanese Law (Prof. Dr. Hiroki Harada, Kyoto University)
本科研のプロジェクトの研究成果を総括する報告で,グローバル化に共通して見られる日本法の解釈論上の問題点を取り出し,どのような法的議論が必要かを提示しました。
○Powers of Tax Authorities and Courts of Auditors in Cross-border Cases in a Globalizing World (Prof. Dr. Christian Waldhoff, Humboldt-University of Berlin)
国際租税法の観点から,ドイツ法・EU法・国際法の相互関係や執行協力の状況,さらに会計検査院の対外的活動についても説き及ぶ内容でした。
○The Migration of Professionals: Free Labor Mobility and its Frictions (Prof. Dr. Winfried Kluth, Martin Luther University Halle-Wittenberg)
移民法を素材に,ドイツ法の現状を紹介するとともに,国連の移民に関するグローバルコンパクトが持つ法理論的特性や可能性を提示しました。
○The Future of Investor-State Dispute Settlement and the Multi-lateral Investment Court Project (Prof. Dr. Mathias Audit, Pantheon-Sorbonne University)
投資協定仲裁に代わる新たな紛争解決手段としてEUが重視する投資裁判所構想の利点や問題点を明らかにする内容でした。
後半は,東京大学の藤谷武史先生(分担研究者)の司会で,フロアからの質疑や報告者間での質疑が活発になされました。広義の法執行(エンフォースメント)や紛争解決に関係するグローバル化の現状と課題について,さまざまな視点からの議論が提示され,その問題状況の共通性と個別性とが重層的な形で明らかになったように思われます。
2019.03.05 | Comments(0) | Trackback(0)