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第28回 ゼミ論文発表会
今回は今期最後のゼミということでゼミ論文の要約を読むという形式での発表会が行われました。その後1人ずつゼミ活動を振り返っての感想を言ってもらいました。
ほとんどの人が言っていましたがこのゼミは本当に議論の質,個々の学生のレベルが高く,私自身2年間みんなについていくのに本当に必死でした(笑) 。しかしながらその分確実に「考える力」「書く力」「議論する力」は付いたと思います。原田先生がおっしゃっていましたが,大学での学習というのは高校までとは異なり強制されるものではありません。そのため自ら進んで厳しい環境に身を置く必要があると思います。このゼミは確かにきついかもしれませんが,得るものはきっと多いと思います。来年度も多くの学生に行政法ゼミで学んでほしいと心から思っています!
最後に個人的なことではありますが,村上先生,原田先生,そして行政法ゼミのみなさま,2年間どうもありがとうございました!(小木野)
最終的に提出された論文の要約は以下の通りです(提出順に掲載)。
○放射能汚染された家畜の殺処分(前原)
東日本大震災の発生から約1年半が経過し,原発関連問題に関しても徐々に解決が図られてきている。しかしながら,大半が対人問題及び福島原発そのものに関するものであった。その一方で,警戒区域内に放置された家畜などの取扱に関しては今までほとんど対処されてこなかった。その結果として,その家畜が畜舎から逃げ出し,外部へ出ていくといった現象が出てきている。また,当該家畜が出生することによって,把握できていない新たな家畜の出現等人の管理が及ばない状況になってきている。この事態に対処するため,農林水産省は所有者の同意による殺処分を行っている。殺処分という手法の実効性に問題はないが,同意がない場合には手出しできないなど,安全の確保の観点から迅速性に欠ける。そこで,同意なしの殺処分を行うことができないかを検討する。現行枠組みでは,同意なし殺処分規定を置いている家畜伝染病予防法が可能性として考えられる。しかしながらこの法律では,保護法益が各家畜及び家畜産業自体の保護であり今回の規制の趣旨にそぐわない,という点からこの枠組みに取り込むことは困難である。したがって,新たな立法による解決を図るほかない。財産権制約立法に関する判例としては,従来より規制目的2分論が唱えられてきた。森林法違憲判決と証取引法判決がそのリーディングケースとされる。そこでは,その目的が何であるか,その規制手法に合理性が認められるかが問題となる。本件事案では,その目的は放射能の飛散を防ぐことである。これは消極目的に位置づけられる。そこで厳格な合理性の有無について見ていくと,家畜を活かしながらコントロールするというのは非合理的であり,現実的な選択肢ではない。このことから,殺処分が現実的に採り得る唯一の手段であり,その合理性は十二分に認められる。したがって,放射能汚染家畜殺処分立法による殺処分は認められる。
○高速ツアーバスの安全性について(山崎)
2000年と2002年に道路運送法が改正され,需給調整が撤廃されたことにより,近年高速ツアーバスと呼ばれるものが台頭し,人々の一般的な交通手段となりつつある。高速ツアーバスとは,旅行業者が貸切バスを使って2地点間の移動を目的とし,実態としては高速乗合バスと同様のサービスを旅行商品として提供しているものである。このような高速ツアーバス台頭の要因は,安価な値段設定,高速ツアーバス形態が柔軟性に富んでいること,インターネットの活用が挙げられる。しかしながらの一方で,規制緩和による貸切バス事業者の増加により事業者の収益が悪化し,それによって運転手の労働条件も悪化するという,高速ツアーバスの安全性の問題が指摘されるようになった。そのような中2012年4月に関越自動車道で高速ツアーバスによる死者7名,重軽傷者38名をだす重大な事故が発生した。事故の原因とされたのは貸切バス事業者の不適切な安全管理である。そのような背景となっているのは,前述のような規制緩和による過当競争で旅行業者から収受する運賃は届出制であるのにもかかわらず,8割の事業者が届出運賃を収受できないという状況にある。 このような問題点に対して,行政は新高速乗合バス制度への早期移行だけでなく,新バス事業のあり方検討会を設け,参入時の車庫要件・最低車両台数の見直し,運賃において,法令遵守,安全確保といった観点からの実効性を確保するための方策が現在検討されている。参入時の規制の点については,既存の事業者については現状を調査した上で,若干の緩和措置など柔軟に考えていくことが必要であり,また,運賃の収受については,書面取引の徹底,貸切バス事業者の法令違反に旅行業者が関与した場合に旅行業者に対する罰則措置,貸切バス事業者,旅行業者双方の業界団体を使った活動を行っていくことが必要である。 これらの新制度を早期に作っていくことが望まれ,事故で離れた利用者を取り戻しさらに発展していくには重要となってくる。
○取消判決の第三者効について(田代)
本稿は取消判決の効力が原告と利害を共通にする第三者に対しても及ぶのかという問題を分析し,解決の途を探るものである。原告と利害が共通する第三者に判決の効力が及ぶのかという問題について,学説にはこれを否定する説(相対的効力説)と肯定する説(絶対的効力説)がある。両説は,取消訴訟は私人の権利保護のための訴訟形式か行政の適法性確保のための訴訟形式かという「取消訴訟の本質」をめぐって,もしくは判決による画一的処理を認めた方が問題となっている紛争の解決に資するか否かという「取消訴訟の機能」をめぐって対立する。しかし①ここでいう取消判決の第三者効の問題とは,係争処分は第三者との関係でも取り消されたことになるのか,それとも原告との関係でのみ取り消されるにすぎないのかという判決の形成力の客観的範囲の問題であること,②取消訴訟は判決による画一的処理が必ずしも必要とはならない特殊な形成訴訟であること,に鑑みると,これらの学説は問題に対する適切なアプローチではないといえよう。 そこで本稿ではこの問題に対して,判決の効力が第三者にも及ぶか否かを判決で確定した個々の違法原因の内容によって判断するというアプローチを提示した。処分の違法といっても処分が原告との関係でのみ違法である場合と,第三者との関係についても違法である場合がある。このうち前者の意味での違法の原因のみが判決で確定した場合には,判決の効力は原告についてのみ及ぶべきであり,後者の意味での違法の原因が判決で確定した場合には,判決の効力は原告のみならず第三者にも及ぶべきだと考えるのがこのアプローチの内容である。また違法原因が第三者にも当てはまるか否かについては,第三者が原告として当該違法原因を主張することが可能か否かによって判断ができると考えられる。
○市町村合併における住民投票の形式(柴田)
地方分権改革を進めるなかで平成11年以降に推進されるようになった平成の市町村合併では,合併について住民の意思を問う手段として住民投票が広く活用された。しかし実際に住民投票が実施された事例を検討していくと,住民投票の実施について,合併特例法によるものには住民が賛成の場合にのみ有利に機能するといった公平性の問題,条例によるものには実施に議会の議決が必要とされ必ずしも住民の意向に沿って行われないことやその結果については尊重規定とされているがそれをどう捉えるかという問題が存在した。 本稿ではそもそも市町村合併について住民の意思を反映する必要はあるかどうかを検討し,市町村合併は今後の町の在り方を決定づける重大なものであるため民意の反映が必要だと判断した上で上記の問題点を解決するにはどのような民意反映手段を用意すべきかの検討を行った。結論として住民投票の結果には住民が長・議員の解職請求権を有することから政治的拘束力が認められるため,法的拘束力を持たない尊重規定のままであっても条例による住民投票の実施には有用性があるとする。条例による住民投票の実施の問題についてはあらかじめ住民投票条例を制定しておき,その条例内に市町村合併に関するものについては住民投票を実施するとの規定をおく。さらにその実施については住民の署名等を要件とするのみで議会の議決を必要としない,いわゆる義務型の住民投票条例の形式を採ることとして問題の解決を図る。少なくとも現在においては合併特例法の住民投票の規定は公平性の観点から改める必要があるとする。 市町村合併に限定せず,一般的な案件についての住民投票は案件毎の性質から民意反映の必要性の程度等を検討し,民意反映が強く要請されるならば市町村合併のような住民投票の形式で,要請があまりない場合は長や議会の判断で実施される個別対応型の形式によるべきだろう。
○愛宕山地域開発事業の廃止の可否(宮本)
山口県岩国市では,新住宅市街地開発事業として愛宕山地域開発事業が行われていた。この事業は,およそ1,500戸もの住宅地や小学校等を造成し,それらを国民に供給することを目的として始まった長年に渡る事業であった。しかし,2009年の2月,国により事業認可が取消され,事業は廃止されることになった。 この事業認可取消しに関して,事業の認可を定めた新住宅市街地開発法などに事業廃止の規定がない点が大きな問題点の1つとして指摘される。この点を巡って,事業廃止の法的根拠がないのにも関わらず,長期に渡る事業を廃止した国の処分は違法だと主張する原告が,取消訴訟を提訴している。これに対して,国は,行政行為の撤回に当たるため,個別の法的根拠を必要としないと主張している。 法治主義国家では,行政は法律に従う必要があり,法的根拠のない行政行為を安易に認めるわけにはいかないのはいうまでもない。したがって,事業認可の取消しが,国のいう行政行為の撤回にあたるとしても,その可否は慎重に検討する必要があるものといえる。検討するにあたっては,撤回により得られる公益と,撤回によって生じる不利益を比較衡量するという判断基準を用いる。公益としては事業廃止による赤字解消を,不利益としては1,500戸もの住宅地が供給されなくなること・優先譲渡権の喪失・里道が通行出来なくなることを取り上げる。なお,跡地が米軍住宅化するという非難も主張されるところであるが,事業認可取消しとは区別して考える必要がある。
○Googleサービスにおけるプライバシー・個人情報問題(井田)
Googleは2012年1月24日にプライバシーポリシーを更新し,個人の生活の履歴であるライフログを収集し始めた。Googleはこれを第三者である広告主に提供する代わりに広告料を得るという事業を行っている。この事業に関してGoogleは,他企業に比べ,収集手段が豊富であり,世界中での利用者数も多い。また,利用者には情報収集を拒否するオプトアウトという手段が認められていない。これらを鑑みると,Googleによるライフログの収集・第三者への提供は他企業よりも,プライバシー侵害,法令違反の可能性,程度が高い。 ライフログはそもそもプライバシー・個人情報に該当するか。ライフログはそれ単独では個人を特定できず,これらに該当しない。しかし,長期間収集されることで,秘匿性の高いものになり,また個人を識別できるようになるため,プライバシー・個人情報に該当し法的保護の対象となる。しかし実際は,利用者の同意なしに提供が行われており,プライバシーを侵害し,個人情報保護法23条(第三者提供の制限)に違反している。プライバシーについては訴訟が考えられるが,権利の性質上,訴訟では真の保護につながらない。個人情報については以前行われた通知や指導に応答していないことから,法令を遵守するよう改めるとはあまり期待できず,仮に法令に基づく対処を行っても罰則が乏しく実効性は低い。 現時点では,Googleは自由にライフログを収集できており,利用者のプライバシーや個人情報が保護されているとはいい難い。そこで,アメリカのFTCやフランスのCNILのような個人情報の取扱いをチェックする専門機関を国内に設置すべきである。また,日本一国だけでは限界があるので,例えば,アメリカ,EU,アジアなどと二国間・多国間で情報共有,共同政策を行っていくべきである。これにより,現在のガイドラインや個人情報保護法とは別の,ライフログを活用した事業を規制する枠組みが構築できると考える。
○法規命令と行政規則の伝統的二分論・再考(小川)
伝統的二分論は「行政機関が『私人の権利義務を変動させる効力をもつ規範』を制定するためには議会立法による授権が必要である」と定式化される。しかし,伝統的二分論は本来,法段階説を前提としており,それ故に根本規範と憲法制定権力の法概念を前提とするものである。そして,これらの理論的装置の目的は,妥当する法と妥当しない方を客観的に峻別する「法の妥当性の峻別論」を可能にすることにある。さらに,「法の妥当性の峻別論」は,価値相対主義に基づく民主主義支配の正当化構想の帰結として要請されるものである。これらの理論的前提と整合的かつ有意味に伝統的二分論を捉えるならば,伝統的二分論の骨子は「議会立法による授権なく行政が定立した規範を裁判所が適用してはならない」という定式に還元されなければならない。 この定式は規範の内容を問わず裁判所の規範の適用を禁止するものであるから,この点だけを見れば帰結主義である功利主義に反するという意味で不合理である。形式的に理解された法の支配にも反することになる。学説や判例は伝統的二分論に違反せずに,議会立法による授権なく行政が言定立した規範を裁判所が適用することを正当化しようとする試みを行っているが,それらはどれも失敗している。 したがって,伝統的二分論そのものの理論的正当性が問い直されなければならない。その結論としては,伝統的二分論は実は理論的可能性も必要性も持たない。この否定は,論理的には憲法制定権力の論理的可能性の否定,政治哲学からは民主主義における自己同意の意義の否定,法概念論からは客観的な「法の拘束力」概念の否定,解釈方法論からは裁判所の「自由」の論証,言語哲学からはウィトゲンシュタインのパラドックスによる演繹の「論理性」の否定,により行われる。
○消費税増税に対する低所得者対策──軽減税率と給付付き税額控除の検討(イモQ)
消費税増税法案が国会で可決され2014年に8%,2015年に10%に増税されることとなった。これは低所得者にとって負担増であり,彼らに対する政策は選挙に勝つための武器ではない。本当に必要なものであると考える。そこで本稿では低所得者対策として掲げられた軽減税率と給付付き税額控除について検証し,どちらの制度がより適切か検討を試みるものである。軽減税率は,本来の標準税率(日本ならば5%)よりも低い税率を設け,生活必需品を中心に適用するものでありヨーロッパを中心に導入されている。しかしながら,どの商品にどの税率をかけるかは各国により分類法がさまざまであり,それゆえに各業界の圧力や法廷闘争が繰り広げられているのが現状である。また10%への増税段階で導入しても逆進性対策としては弱く,本制度を導入するメリットは弱い。一方,給付付き税額控除は大別すると勤労税額控除・児童税額控除・社会保険料負担軽減税額控除・消費税逆進性対策税額控除の4種類に分かれ,消費税増税対策を取り扱う本稿では4番目の類型を中心に検討する。この「給付付き税額控除」は,カナダやシンガポールで導入されており,基礎的生活費の消費税率分を所得税額から控除・還付する。本制度は低所得者ほど給付可能性が高く,負担軽減効果が大きいものといえるが,的確に所得捕捉できる体制を整え,課税の適正化を図るために,社会保障・税共通の番号制度の導入を進めることや,給付付き税額控除に関する特別な簡易の申告手続の用意が必要である。この給付付き税額控除まつわる問題点はこれから制度を構築することで解消できるように思える。よって,十分な利点があり,問題の解決可能性が高い給付付き税額控除を導入すべきである,という暫定的結論に至った。なお,今回は制度論的検討が中心になってしまい税と社会保障の一体化問題や生存権・財産権といった憲法論の観点からも問題があるが,それについて検討しきれなかったことが名残惜しい。
○パトロンとしての行政―文化芸術を支援することの意義―(松田)
本稿は,行政が文化芸術を支援する根拠を明らかにすること,またその根拠の有無をどう判断しているのかの検討を試みるものである。 文化芸術の発展,振興を目的とし,行政が文化芸術を支援する方策がしばしば見られる。例えば,補助金の給付や税制優遇,文化財の保護等である。これらの方策は,言い換えれば行政がパトロンになるということである。行政がパトロンになる理由として,文化芸術には社会的利益があるから,ということがよく言われる。歴史や法令,学説からは,文化芸術にこのような意義があることについて異論はない。社会的利益とは,特定の私人の権利利益に直接資するものではないが,社会的に有益であると言えるもののことであり,同趣旨の法文上の文言に「公益」というものがある。しかし,行政が文化芸術を支援する根拠である社会的利益,あるいは公益とは何かを明らかにしなければ,支援に行 政の恣意が含まれる等,いくつかの問題が生じる。そこで,その内容について更なる検討を加える必要があろう。 そこで,本稿では,行政が文化芸術を支援する方策において実際に用いている公益という判断基準はどのようなものなのか,また公益の有無はどのように判断されているのかについて,公益法人制度に着目し,検討した。具体的には,法令の基準を参照し,その基準が実際にどのように用いられているのか,また基準が適切であるかを事例に即して分析した。その結果,公益法人制度が認定法第2条第4号で規定している「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与」するか否かという判断基準は,各事例において公益の有無を判断する具体的な基準に換言できることが明らかになった。
○違法ダウンロード刑事罰化と関連する諸制度との比較・検討(小木野)
近年,デジタル技術の発展によって,著作物を高品質かつ大量に複製することが可能となり,複製された著作物は「YouTube」などのサイトを通して,同時多発的に世界中に流通させることができる。権利者の承諾なく複製された著作物は,いったんアップロードされると誰でも簡単にダウンロードすることができ,ダウンロードされた著作物のデータはさらに複製される。このように,誰もが著作物に容易にアクセスできるという状況が生まれているが,その容易さゆえに著作権が不当に侵害されるケースが後を絶たない。こうした問題に対処するべく,違法著作物の私的使用目的の複製を著作権法30条1項の例外として位置付ける(著作権法30条1項3号)ことなどを盛り込んだ改正著作権法が2010年1月に施行された。この改正によりそれまで規制対象とされていなかった違法配信からのダウンロードが違法となった。にもかかわらず,違法ダウンロードの規模はあまり改善されなかったため,音楽業界等はさらなる取締り強化,すなわち違法ダウンロードを刑事罰の適用対象とすることを求めるようになり,2010年の法改正からわずか2年後,2012年6月には違法ダウンロードに刑事罰を導入する著作権法改正案が成立した。 しかしながら,この法改正には批判も多い。例えば2010年改正法の周知徹底を図りながら法の適用実態を見極める必要があったのではないか,また,刑事罰の対象とするだけで違法ダウンロードを抑止できるのか疑問が残るといったものが挙げられる。 そこで本稿ではこうした批判を基に,この2012年の著作権法改正によってなされた違法ダウンロードの刑事罰化について他の法制度と比較しつつ検討を試みている。まず第1章では本テーマに関連する著作権法30条(私的使用のための複製)がネット社会の進展などの要因に伴ってどのような変遷を遂げてきたか,また著作権が侵害されたときの対応手法を概観する。次に,第2章では今回主眼を置く2012年改正における変更点や違法ダウンロードの刑事罰化導入における論点の整理を行い,問題点を取り上げる。そして第3章ではその問題点について他の法制度と比較し検討している。
○暴力団排除条例の憲法上の問題―利益供与禁止規定に対する検討(辻)
暴力団排除条例とは,暴力団の排除に関して各地方公共団体及びその住民の責務を明らかにするとともに,暴力団排除に関する具体的施策を定めることによって,住民の安全で平穏な生活を確保し,事業活動の健全な発展に寄与するために策定された,地方公共団体の条例である。本稿では,全国で初めて制定された総合的な暴力団排除条例であり,全国の条例のモデルとなった福岡県暴力団排除条例を判断の対象とし,県民・事業者に対する規制が規定されていることに着目し最も重要な規定である利益供与禁止規定に関する憲法上の問題について検討を行った。 第1章では条例の内容や特徴を概説し,違反者への直罰規定を定めていることや罰則の適用の方法等を示した。第2章では利益供与禁止規定について違憲性の判断を行った。まず,直罰規定である15条1項の文面自体が刑罰法規として不明確であり憲法31条違反ではないかという問題に対しては,判例の基準に照らし違憲とまではいえないとした。また,調査や勧告や公表といった措置の対象行為と直罰対象行為の区別の不明確さが事業者に萎縮効果をもたらすことで経済的自由権を侵害しないかという問題に対しては,目的は妥当であり,手段は実効性確保手段の刑罰の発動を暴力団への積極的な協力意思がある場合に限定して解釈すると合理性があるといえるのではないかとした。しかし,運用の仕方によってはこうした合理的な解釈の限度を超えた条例の適用がなされる可能性は十分にある。この点に留意して,県民・事業者に対する制裁規定の適用な慎重に行いつつ,条例の目的である県民の安全で平穏な生活を確保し,及び福岡県における社会経済活動の健全な発展に寄与することの実現に努めることが今後の課題とされる。
○PFI事業における国家賠償責任(上野畑)
わが国では,財政状況が悪化の一途をたどる中,行政の効率化の一手法として,業務の民間委託が推し進められてきた。その民間活用制度の代表例として挙げられるのがPFI(Private Finance Initiative)である。この制度は,公共施設の建設や管理を効率化するために民間の資金や経営ノウハウを導入する手法であり,これにより行政の財政負担を軽減させようというものである。このPFIの導入によって,民間事業者による公共インフラ経営への道が大きく開かれたが,一方で官民のリスク分担については不明確な点が残る。とりわけ国家賠償法との関係については同法やそのガイドラインに言及がなく,PFI事業の下で利用者等に被害が発生した場合の責任の所在が明確でない。PFI事業が本来の効果を発揮するためには,官民双方で適切なリスク分担がなされることが重要である。 そこで,本稿では,他の民間委託制度の例を参照しながら,まず国家賠償法1条・2条それぞれの場合についてその適用範囲の外延を探り,そのうえで望ましい官民の責任分担の在り方について考えていく。国家賠償法1条については,まず「公権力の行使」概念を権力的作用と非権力的作用に分類したうえで,当該作用が民間事業者に委託された後において,どちらの作用も国家賠償法上の「公権力の行使」に該当する可能性があるとした。そして,国家賠償法の適用を受ける場合には,主に被害者救済の見地から行政が第一次的な賠償責任を負うのが妥当であるという結論に至った。 また,同法2条に関してはPFI事業によって整備・運営される施設が同法にいう「公の営造物」に該当するとしたうえで,責任分担については,本来的な公共施設の管理者等である国・公共団体が賠償責任を負い,実際の設置管理等を行うPFI事業者は国・公共団体から求償されるのみとする責任分担の方法が望ましいとの結論に至った。
○裁量構造から見る専門組織委任論(丹下)
本稿は,近時の判例研究等で見られる「諮問機関の存在が要件裁量認定において評価された」との言説について,裁量構造の観点からその真偽を探究するものである。 諮問機関の存在が裁量認定に寄与したと主張する為には,裁量の発生構造に着目して,どのように影響したのか分析的に理解する必要がある。行政裁量をそれを行使する際の知識内容を軸に分類すると,政策問題としての要件裁量と科学問題としての要件裁量に分類できる。そして,この分類を裁量構造の差異に着目して分類を進めれば,科学問題は更に狭義の科学問題と工学問題に分類でき,政策問題と科学問題(狭義)に裁量構造の同質性を観念することができる。すなわち,政策問題と科学問題(狭義)を対象とする要件裁量は,当該要件該当性の判断を,行政の価値判断に委ねるため,当該領域について法が不規律としていることに端を発する。他方,工学問題における要件裁量発生は,当該要件判断に際して,当該要件の解釈を法が規律しているにもかかわらず,それには高度に専門的な知識が必要である事を理由に司法が判断を自粛したこと(司法的賢慮)に求められる。 このように裁量構造に着目すれば,以下示すように司法的賢慮が働く場合にのみ諮問機関の存在が裁判上評価されるとの帰結に至る。 まず政策問題・科学問題(狭義)の場合,要件裁量の範囲を決しているのは法律の規律範囲である。諮問機関の存在は,法律を解釈する際の一考慮要素になるにすぎず,それにより法律の規律範囲を決するには至らない。そのため,要件裁量の認定にも作用し得ない。 次に工学問題の場合,司法的賢慮が働く背景には,司法より行政の方が専門性という点から判断の妥当性を確保しやすいとの思考がある。その際,行政判断の専門性を向上させる機能を持つ諮問機関の存在は,裁量発生ないし拡大に作用し得ると考えられる。 実際の判例分析の際に,かかる分類を用いようとすれば,科学問題(狭義)と工学問題の差異は相対的なものにすぎず,完璧に分類し得ないという問題が生じる。この点が裁量構造的分類の限界であるが,それでも尚以下のことは主張可能である。①政策問題においては諮問機関の存在によって裁量が認められる乃至拡張されるということは起こりえないということ,②問題となる要件裁量が科学問題(狭義)であるとの主張と,諮問機関の存在が肯定的に評価されたという主張は両立し得ないこと,である。本稿が示した内容の意義は,さしあたりこの2点に求められよう。
○第三セクターにおける損失補償契約の適法性(阿部)
第三セクターには,経営赤字・破綻に伴った税金の無駄遣いにより住民に負担が転嫁されている問題がある。その原因の1つに地方自治体が,第三セクターに融資した金融機関との間で損失補償契約を結んでいることが挙げられる。損失補償契約の適法性については従来,適法であるとの判断が行政解釈や下級審でなされていたが,かわさき港コンテナターミナル事件や安曇野市損失補償出費差止め訴訟の高裁判決で違法との判断が下され,議論となっていた。そのような中で,安曇野市訴訟の上告審で最高裁としては初めて損失補償契約の適法性と有効性の判断方法・基準が示された。最高裁は,損失補償契約について財政援助制限法3条の規定の類推適用によって,直ちに違法無効となる場合があると解するのではなく,損失補償契約の適法性・有効性は,地方自治法232条の2の規定の趣旨等に鑑み,当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共団体の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かによって決すべきものと判示した。 損失補償契約の適法性について学説では,適法説・違法説・二分説に意見が分かれていた。安曇野市訴訟の最高裁判決補足意見では,文理解釈に従い,財政援助制限法3条の射程は保証契約に限定されること・地方自治法が損失補償と保証を文言上区別し,損失補償を許容していること・財政援助制限法が立法時と違って今日では存在意義が薄らいでいること・地方議会による個別チェックとそれに対する金融機関の信頼が存在すること・財政援助制限法3条但書の総務大臣の指定の要否に係る手続き的観点からも,同条の適用範囲について明確性が求められること,といった適法説が主張してきたことに加え,損失補償契約が財政援助制限法の趣旨に反しないことを前提に地方財政法の改正がなされていることを指摘しており,違法説や二分説よりも説得的であるように思われる。よって損失補償契約の適法性については,損失補償契約が財政援助制限法3条の類推適応の対象外であり,適法であると解する最高裁の見解が妥当であると考える。
○自治体間連携による災害復興(福地)
平成23年3月11日に発生した東日本大震災は東北地方を中心に大きな被害をもたらした。被災地においては行政機能が麻痺してしまうほど,人的・物的な損害を被った自治体も存在し,多くの自治体職員も被災地へ派遣されたが,今現在でも人的資源が不足しており復興がうまく進んでいないという問題を抱える地域もある。東日本大震災後には,この震災の教訓を踏まえて災害対策基本法の大きな改正がなされたが自治体間の連携に関して,十分な規定が創設されたとはいうことはできない。今回のような,大災害からの復旧には自治体間の連携が重要な要素のひとつであり,他の自治体からの災害直後からの長期的な支援が大きな意味を持つと考えられる。東日本大震災においては,自治体間の水平的支援が比較的機能したと指摘されており,本稿では,迅速な復興へ向けた,これからの自治体間連携のあり方について検討を行っていく。 本稿では,まず現行の地方自治法,災害対策基本法に基づく被災自治体の支援の仕組み,災害時相互応援協定による支援の仕組み,そして東日本大震災後の災害対策基本法改正を確認した上で(第1章),次に実際にどのような支援が東日本大震災で行われたのかをみていく(第2章)。そして,円滑な自治体間連携へ向けて,災害時相互応援協定締結の推進による支援先の明確化と継続的な連携強化,カウンターパート方式による長期的支援の推進,自発的支援とその費用負担の明確な法制度化による支援の迅速性と派遣職員数の向上を提案するものである(第3章)。
○公立図書館の指定管理者制度(加藤)
佐賀県武雄市では,同市の図書館をTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)を指定管理者として委託する改革を平成25年4月より実施する。現在,直営で運営している市立図書館を,CCCが運営するようになることで,開館時間が増加する。希望者にはTカードを利用したポイントサービスも始まる見込みである。他にも,カフェや雑誌の販売,CDやDVDのレンタルサービスといったサービスも実施する。市民サービス向上が可能になるほか,直営時代よりも運営経費を圧縮できるというメリットがある。一方で,この改革案に対し日本図書館協会などから批判の声が挙がっている。その多くは,公立図書館という公共性や図書館事業がどのようにあるべきかを問うもので,武雄市の大胆な改革に対し疑問点を投げかけている。本稿では,この批判を出発点として武雄市の改革について検討を試みる。指定管理者制度は,行政改革の一種で,公共施設の運営を民間に広範囲に委託する制度である。一定の期間を定め,指定管理者に管理運営の大半の権限を与える。図書館法は,公立図書館と私立図書館を区別し,公立図書館には,対価を得てはいけないという規制をかけている。そのことからこの規制と親和性がないと主張されることもある。しかし,実際に多数の公立図書館で導入されている例があるように,公立図書館でも利用可能である。図書館においてサイドビジネスを行なうことによる収益を得ることは可能である。武雄市の事例においても,CCCはカフェの運営や雑誌販売,また施設内のTSUTAYAの運営で収益を得られる。またTポイントカードによるマーケティングも収益となる可能性もある。一方で,武雄市は指定管理者としてCCCを選定する際に公募をおこなっていない。他の自治体において公募を行なっている事例が多くあることを考えると,制度自体が公募を義務化していないことを含めていささか不適切であるだろう。本改革案は未導入であるため,新図書館完成後に市民サービスが真に向上されるように期待したい。
○ソーシャルゲームにおける取引規制(鵜篭)
本稿は,消費者保護のため,そしてゲーム提供会社の安定的な経営と健全な発展を確保するために,「コンプガチャ」規制を糧に新たな規制手法について検討していくものである。「コンプガチャ」規制では,消費者からの苦情・相談の増加を背景に十分な議論を経ることなく「狙い撃ち」的な規制が行われた。その結果,企業に不信感を抱かせるばかりでなく,闇雲に「コンプガチャ」という特定のシステムに関しての規制を行ったことで,それは新たな射幸心を過度に煽る「ガチャ」の登場に対応できず,公正な取引確保・消費者保護という規制目的を十分に達成することができなかった。その反省から今後の規制では,情報共有や議論が不足している現状を打開するために行政とゲーム提供会社とのコミュニケーションの機会を増やし互いに協力していくこと,そして射幸心を過度の煽る商法に多く用いられる「ガチャ」全般について規制を行っていくこと,この2つが重要になるという結論を得た。そこで,はじめに行政とゲーム提供会社との協力関係を構築していくのに有用ものとしてインターネット消費者取引連絡会と自主規制を行うための景表法上の制度である公正競争規約について紹介した。次に,「ガチャ」全般への規制を行っていくことについては景表法による規制と風営法による規制,新たな法律による規制の3点から検討を行った。景表法に関しては「ガチャ」が景品に当たらないことから十分な規制が行えないこと,風営法は消費者保護という規制目的と合わないほか,規制を行う行政機関が分散してしまうという問題が生じたため,結果として上記の景表法や風営法を参考にソーシャルゲームという新分野に適合した新たな法律を作成しそれによって消費者庁を中心としてゲーム提供会社と協力しつつ,消費者保護とソーシャルゲームの健全な発展の両立が可能な規制を模索していくべきであるという結論を得た。
○高年齢者雇用確保措置の問題と政策の評価(礒部)
年金支給開始年齢の引き上げに合わせ,高年齢者の所得を確保するために,2004年に高年法9条において高年齢者雇用確保措置が定められ,そのいずれかを講じることが事業主に義務付けられた。すなわち,当該定年の引き上げ,継続雇用制度の導入,定年の定めの廃止である。2013年度から施行される改正法では継続雇用制度の対象者を限定する定めの廃止や企業名公表なども規定されている。この雇用確保措置には私法的効力がないとされ,雇用確保措置未実施の場合も労働者の地位確認請求は認められていないが,それでは公法上禁止されていることが私法上は許容されるという矛盾が生じるため,高年法9条に違反する限りにおいて当該就業規則を無効にする私法的効力を認めるべきである。加えて,使用者が継続雇用基準を恣意的に運用した場合,改正後もこれまで通り解雇権濫用法理を用いて地位確認請求を認めていくことになると思われるが,その際の労働契約の内容に具体的な賃金の算定方法の合意がなくとも労働契約の成立を認めるべきである。また,高年法は政策の目的と手段との整合性がとれておらず,高年齢者の安定的な雇用に寄与できるのか疑問が残る。政策は定年制を廃止する方向に向かっているが,それが本当に我が国に適しているのかは定かでない。さらに高年齢者の雇用確保が若年者雇用にも一定の影響を与えていることから,新たな雇用の創出先を探ることが重要である。しかしこのように多くの問題点があるものの,高年法は65歳までの雇用の確保の門戸を開かせたという意味では十分評価に値するのではないだろうか。
○飲酒運転訴訟に見る懲戒免職処分の裁量審査(藤原)
後を絶たない飲酒運転とそれに対する社会的非難の高まりを受けて,地方公共団体の間で飲酒運転を理由とする独自の処分基準を策定する動きが広がっている。特に自治体職員が加害者となった平成18年の福岡市・海の中道事故以降は,飲酒運転者を原則免職とする懲戒基準を設ける自治体が少なからず出現した。一方で,飲酒運転を理由とする地方公務員の懲戒免職処分取消訴訟では,裁判所によりその取消しが認められる事案が相次いでいる。本稿は,このような免職処分の効力を争う近時の裁判例を取り上げ,裁判所がいかなる枠組に基づいて判断を行ってきたのかを明らかにした上で,その枠組に検討を加えることを主眼としている。 国内で悲惨な飲酒死傷事故が相次いだことを受けて,刑事・行政処分が大幅かつ段階的に引き上げられることとなり,その後を追う形で地方公務員の懲戒処分基準を加重する動きが2006年以降に全国へ広がった。かような公務員に対する懲戒権の行使は懲戒権者たる任命権者の裁量に委ねられているところ,神戸税関事件上告審判決において裁量の踰越濫用の有無についてのみ審査する方式の採用が宣言され,判例法理としての確立を見ている。しかしながら,この基準自体は抽象的に過ぎるため,多様な個別具体の要素を俎上に置いた上で結論を導く大枠として運用されており,これは飲酒運転に係る懲戒免職取消訴訟においても同様である。 近時の飲酒運転を理由とする懲戒免職の効力が争われた裁判例を請求認容事例と請求棄却事例に大別して見ると,結論自体は事故の態様や事故後の態度等のいくつかの要素と密接に関係しているようにも見えるが,それよりも固有の事情を加味して総合的に判断している事例が多いと評価できる。神戸税関事件の判断枠組を採用している裁判例自体はおおむね肯定的に評価できるものの,高知県職員事件控訴審判決のように被処分者に有利な要素を看過ないし過小評価しているように見える判決も存在しており,この基準を用いた審査にあたっては一層慎重な運用がなされるべきである。
2013.01.22 | Comments(0) | Trackback(0)
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